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それをよそに、ケイは呼吸も荒く口元の顔布を取り去った。即座に確かめたのは、“竜鱗通し”の状態。大剣を受け止めた部分が少し凹んでいるものの、それ以外に異常は見られなかった。何度か思い切り引いてみたが、致命的な損傷もしていないらしい。

ケーイ!!

泣きそうな顔で、アイリーンが駆け寄ってくる。

大丈夫か!?

ああ、大丈夫だ、かすり傷さ

大丈夫じゃないだろ! 血が出てる!!

ぺたぺたと、ケイの顔や左肩に触れるアイリーン。

思ったより、手古摺っちまった

ピエールや見習いの若者たちに介抱されているアレクセイを見ながら、ケイはしみじみと呟いた。未だ気絶したままのびているようだが、咄嗟に”竜鱗通し”で防御していなければ、今頃あそこに転がっていたのはケイだったかもしれない。

(っていうか下手したらお互い死んでたなアレは……)

決闘を振り返って、ケイは渋い顔をする。アレクセイも大概な勢いで来ていたが、ケイも『長矢』の威力の調整を失敗していれば、何が起きたか分からない。

(気持ち弱めにしといてよかったな……)

アレクセイの鎧の胸元に開いた風穴を眺めながら、そんなことをつらつらと考える。

……ケイ? ケーイー?

と、目の前でアイリーンが手を振っていた。

ん? なんだ?

なんだじゃねえよ、大丈夫か? 頭打ってないか?

ケイの額に手を当てて、心配げなアイリーン。

大丈夫だ。そこまで大した傷じゃない

そうか……

うん……

ケイは微笑みを浮かべて、うるんだアイリーンの瞳を覗き込む。

…………

しばし、そのまま見つめ合っていたが、すぐに二人とも様子がおかしいことに気付いた。

静かすぎる。

恐る恐る、といった様子で、周囲を見回して見れば、

ん~ん。お熱いねぇお二人さん

ニマニマと、生温かい笑みを浮かべてこちらを見つめる、顔、顔、顔―。

ボッと、ケイとアイリーンの顔面が赤く染まる。

よーしケイ! これで名実ともに、アイリーンはお前さんのものだ! 喜べ!

完全に酔っ払いモードのダグマルが、葡萄酒の杯を掲げながら叫ぶ。どっと沸いた野次馬たちが、それに続くように歓声を上げた。

いや~あんな美人の嫁さん、羨ましいなぁ!

なぁ!

よっめ入り! よっめ入り!

よっめ入り! よっめ入り!

手拍子ととも、謎のコールが始まる。ケイたちは恥ずかしいやら何やらで、困り顔のままもじもじとしていたが、

キスしろ~!

誰かが叫んで、その場の空気が変わった。男性陣は雄叫びに近い叫びをあげ、村の女性陣は黄色い悲鳴を上げる。

キース! キース! キース!

ぐるりと周囲を取り囲んで、手拍子と共に囃し立てる群衆。ケイとアイリーンの顔面は赤色の限界に挑もうとしている。

ケッ、ケイ!

叫んだアイリーンが、ケイの手をぐいと掴んだ。

なんだ!

逃げよう!

アイリーンに手を引かれ、ケイも走りだす。大盛り上がりの村人たちを押しのけ、二人はなんとか、包囲網を突破することに成功した。

意気地なし~!

根性見せやがれ~!

全力で逃走する二人に対し、村人たちの冷やかしは続く。

しかし、追いかけようとする者は、誰一人としていなかった。

†††

……まったく、もう!

村外れ。川沿いの木陰で、アイリーンは口を尖らせている。

怪我しないって約束しただろ!

不機嫌の理由は、主にケイの負傷だ。アイリーンの前で上半身裸になったケイは、あらかじめ準備していた薬草などで、肩の切り傷を消毒していた。

ちなみに念のため、アイリーンはポーションも持ってきているのだが、それほど重傷ではないため、今回は使わないこととする。

すまんすまん、イテテ……染みるなぁこの薬草

POTほどじゃねーだろ

顔をしかめるケイに、消毒用の軟膏を塗り込むアイリーンは容赦がない。

川のせせらぎの音を聴きながら、しばし、場を沈黙が包む。

……よし、はい終わり

肩の傷に包帯を巻いて、ぽんぽん、とケイの頭を叩くアイリーン。

ありがとう

まったく、金輪際こういうのはナシだぜ! すっごいヒヤヒヤしたんだからな!

ポーチに薬を仕舞いながら、アイリーンは怖い顔をしてみせる。ケイはそれに笑って、しかしすぐに表情を引き締めた。

すまん。でも、お前を取られたくなかったんだ

真剣な顔のケイを、横目でチラ見したアイリーンは、ポーチを片付けながら はぁ と溜息をついた。

じゃあ、何か。今のオレは、ケイのものなのかな

……すまん。言い方が気に障ったなら謝る

感情を感じさせないフラットな言い方に、ケイは慌てて声を上擦らせた。しかし、そんなケイの様子を見て、アイリーンは逆に口元をほころばせる。

……なあ、ケイ

な、なんだ?

目の前で膝をついて、アイリーンはじっと、ケイの瞳を覗き込む。

やがて、ゆっくりと手を伸ばしたアイリーンは、ケイの右手を手にとって、―自身の胸元へと導いた。

お、おいっ

なぜ、自分はアイリーンの胸にタッチしているのか、なぜアイリーンはこんな真似を―と一気に挙動不審になるケイであったが、数秒とせずに、気付いた。

アイリーンの右胸。この、今自分が触れている部分は、かつて毒矢が突き立っていた場所であるということに―。

あの日のこと、オレ、あんまりよく憶えてないんだ

ぽつりと、アイリーンは言った。

でも、ケイがオレのこと、守ってくれたのは、憶えてる

青色の瞳が、揺れる。

なあ、ケイ……命を助けられるのって、けっこう、凄いことなんだぜ

胸元に抱いたケイの手を、アイリーンは、愛おしげに撫でた。

それに、オレは……ケイと違って、ケイが男だってこと、最初から知ってたんだ

目をぱちぱちと瞬かせるケイ。アイリーンは、悪戯っ子のような笑みを浮かべて、

……こうやって、怪我したのは、嬉しくないけどさ。でも今回も体を張って、ケイは頑張ってくれたことだし、

不意に、体を寄せる。ふわりと良い香りが、鼻腔をくすぐった。

―お礼、あげないとな

アイリーンの顔が、視界に大写しになって―

ちゅっ、と。

柔らかい感触が、唇を奪った。

……え?

茫然と、ケイは。

体を離したアイリーンは―はにかんだように えへへ と笑った。

口元に手をやって、何が起きたか反芻するケイ。

やがて、『それ』が理解に変わったとき。

ケイは、自身の胸の内の感情が、

どうしようもなく、抑えが利かないものになったことを、

―はっきりと、自覚した。

†††

その日のうちに、隊商は村を出発した。

ひとりの勝者と、ひとりの敗者、

そして、ひと組の恋人たちと共に、

隊商はゆっくりと、街道を北上していく。

なぜ、自分たちは、この世界にきたのか。

どのようにして、生きていくのか。

元の世界に戻る方法は、存在するのか。

存在したところで、―元の世界に、帰るのか。

知りたいこと、考えなければならないことは、まだまだ山積している。

その手がかりを得るため、今日までケイたちは、旅を続けてきた。

果たして―進み続けること、おおよそ半日。

隊商は、要塞都市ウルヴァーンに到着した。

ちなみに作中経過時間は現在で2週間くらいです。

幕間. Urvan

要塞都市ウルヴァーン。

またの名を、『公都』。リレイル地方と北の大地との境目に位置し、アクランド連合公国の中枢を為す巨大都市。

その在り方はまさしく、『要塞都市』の名を体現している。

小高い岩山の上に築かれた領主の居城を中心に、整然と建ち並ぶ高級市街。それらを分厚い第一の城壁が取り囲み、その外側には、雑多な一般市街の街並みが壺から溢れ出したミルクのように広がっている。

市街地の外縁部には、高くそびえ立つ第二の城壁と、明らかな防御の意図をもって張り巡らされた用水路。第一城壁と比べても遜色がないほどに立派な城壁は、並大抵の攻撃ではびくともしないだろう。また、水堀としても機能する用水路は、特に騎馬民族の侵攻に対して有効であるに違いない。

街の周辺はもれなく田畑として開墾され、初夏の風にそよぐ緑の海の中に、ちらほらと農家の納屋や宿場の赤い屋根が見える。そして、見張りの兵と高い物見櫓を擁する小要塞が、大海に顔を出す小島の如く、あるいは、惑星を取り巻く衛星の如く、あちらこちらに点在して周囲へ睨みを利かせていた。

城壁だけではなく、都市圏そのものが、有機的な一つの防衛拠点として機能する―

それが、ウルヴァーンの”要塞都市”たる所以だ。

街の中心部、領主の居城。

遥か昔、ウルヴァーンが辺境の開拓村に過ぎなかった頃の名残か、過度な装飾を排した城は、機能性を重視した造りとなっている。中庭に設けられた薬草園、広めにスペースを取られた練兵場、隣接する公都図書館に、城の各所から突き出た尖塔―

その中で最も背の高い、主塔(ドンジョン)と呼ばれる塔の一室。大きな採光用のガラス窓を備えたそこに、一人の老人が居た。

長い人生の労苦が滲み出るような灰色の髪に、長く伸ばされた顎ひげ。目じりと眉間には深いしわが刻まれ、その眼光は老いてなお鋭い。金糸の編み込まれた赤色のローブを羽織り、首元には大粒の宝玉(ルビー)が嵌めこまれた魔除けのタリスマンが光る。そして、額には鈍く金色の光を放つ、王冠。

そう、彼こそが要塞都市ウルヴァーンの領主にして、アクランド連合公国を統べる者。

公王エイリアル=クラウゼ=ウルヴァーン=アクランド、その人だ。

ウルヴァーンの街並みを一望できる窓を背に、執務机に向かうクラウゼは、時折小さく咳き込みながらも書類の山と格闘していた。

山積みにされた紙束のうち一枚を手に取り、内容に目を通し、さらさらとサインをし、指輪の判を押してまた次の書類へ。厳しい表情のまま、延々とその作業を繰り返す。

しかし―どれほどの時間が経ったか、書類の山が中ほどまで片付いたところで、クラウゼは口に手を当てて激しく咳き込み始めた。ゴフッ、ゴフッと肺の奥から湧き出るような、水気を伴ったいかにも苦しそうな咳。

……陛下

執務机の傍、控えていた禿頭の初老の男が、遠慮がちに声をかけた。

そろそろ、休憩されては如何ですかな

……うぅむ

羽根ペンをペン立てに戻し、背もたれに身を預けたクラウゼは、唸るようにして溜息をつく。

……そうしよう。ヴァルター、茶を。それとアントニオを呼べ

はっ

『ヴァルター』と呼ばれた禿頭の男が壁際に控えていた侍女を見やる。楚々とした仕草で頭を下げた彼女は静かに、しかし足早に、執務室を出ていった。

……はぁ。歳を取るとガタがきていかん

侍女の姿が見えなくなると同時に、肩の力を抜いて、クラウゼ。ヴァルターと二人きりになったためか、威厳に満ち溢れていた王の顔は、ひとりの老人のそれへと変わっていた。

何やら疲れた様子の公王へ、ヴァルターは励ますように声をかける。

お戯れを。陛下はま(・)だ(・)ま(・)だ(・)ご壮健であられますぞ

……余より若いそちに言われてものう

おどけるような笑みを浮かべるヴァルターに、じっとりとした目を向けながらも、クラウゼは諦め顔で溜息をつく。ともすれば慇懃無礼、不敬とすら取られかねないような言い方も、ヴァルターなりのユーモアと思いやりの精神の表れであると、長い付き合いで心得ているからだ。

アクランド連合公国宰相、ヴァルター=べルクマン=シュムデーラー伯。

クラウゼがウルヴァーンの領主、ひいては公王に即位して以来、数十年を共に過ごしてきた腹心の部下の一人だ。

いやいや、最近はわたくしめも、抜け毛が気になるようになりましてな……

ぬかせ

つるつるな頭皮を撫でながらうそぶくヴァルターをよそに、鼻を鳴らしたクラウゼは大儀そうに立ち上がった。

質素なしつらえの椅子の背後、窓から差し込む陽光に目を細めつつ、眼下に広がるアクランドの大地を眺める。

…………

後ろ手を組んで景色を眺める目は、どこか遠く。寂寥感の滲むような公王の後ろ姿に、自然と口をつぐんだヴァルターは、おどけるような笑みを引っ込めた。

……近頃は、

重々しく、クラウゼは口を開く。

『ディートリヒ』に位を譲ることを考えておる

……陛下

こちらもまた、どことなく寂しげに、ヴァルターの眉が下がる。長く伸ばした顎鬚を指で梳きながら、クラウゼは言葉を続けた。

ディートリヒはまだ若いが、それ以上に、余は歳を取り過ぎた。万(・)が(・)一(・)のことを考えると、今のうちに譲位しておいた方が、火種になり辛(づら)かろう

成る程。……陛下は、完全に身を引かれるおつもりで?

いや。余は顧問役に回る

左様ですか

クラウゼの返答に、ヴァルターは楽しそうに頷いた。

いわゆる、『形だけ』という奴ですな

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