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その答えが予想できていただけに、ケイは頭痛を堪えるように、額を押さえて天を仰いだ。そんなケイをよそに、アイリーンは投げナイフのベルトをつけ、手にはグローブを、足には脛当てをと、着々に戦闘態勢を整えていく。

……いいか、落ち着け。落ち着けアイリーン。俺たちは今、ゲームの世界にいるんじゃない

そんなことは、分かっている

いいや、お前は分かってない! 『助けに行く』とは簡単に言うがな、それがどういう意味かお前は理解していない!

澄ました態度のアイリーンに、思わずケイの口調が荒くなった。

お前が考えていることは分かる!  追跡 で髪を使えば、リリーの位置は簡単に分かるからな! だがアイリーン、今回の件は、話を聞く限りだと単独犯じゃないぞ! お前が助けに行くというのなら、十中八九、犯人たちと戦うことになるだろう!

きっ、とその端整な顔を睨みつけた。

そうなったとき、お前に人が斬れるかッ?

……悪人相手に、容赦するつもりはない

一瞬の間。しかし言い切る。だがケイはそれを、アイリーンの躊躇いの表れであると取った。

……覚悟はご立派だがな、アイリーン。本当にそれができるかどうかは、別問題だ

出来るさ。オレは今クールだが、同時に怒ってもいるんだぜ、ケイ。身代金が金貨一枚だなんて、リリーを帰すつもりがないとしか思えない。オレにはそれが許せねえ

見返す、その青い目のまっすぐさに、ケイは思わずたじろぎそうになる。

しかしそうなる前に、瞳は揺れ、アイリーンは気まずげに視線を逸らした。

……勿論、これはオレの勝手だよ。だから、ケイを巻き込むつもりはない。『コレ』はオレが一人でやる

……何?

ぴくりと、ケイの眉が跳ね上がった。

心に、微かな苛立ちが走る。

―違う。そうじゃない。

―そういうことじゃない。

市街戦は、ケイには都合が悪い。だが逆に、オレにとっては得意なフィールドさ。時間帯もいい感じだし、オレ独りでも―

アイリーン

独白するように言葉を続けるアイリーン、その両肩を掴み、ケイは瞳を覗き込んだ。

……

戸惑ったようなアイリーンの表情を、至近距離で眺めながら、しばし迷う。何をどう言うか。

……アイリーン。ここは、ゲームの世界じゃない、リアルなんだ。ゲームと違って、何が起きるか分からない。一瞬の油断が、ほんの少しの読み違えが、致命的なんだぞ。怪我で済まずに……死ぬかもしれない。本当にそれが、わかってんのか……?

囁くような、懇願するようなケイの口調に、アイリーンの表情は硬い。

しかし同時に。それは何処までも、真摯なものであった。

……ケイに、一度命を助けられておいて、何言ってるかって思うかもしれないけどさ。それでも、オレは、……リリーを放ってはおけないよ。ゲームの世界じゃないなら、尚更だ。リリーはNPCじゃない、生きた人間なんだ。オレは彼女を助けるよ

なんでだ。なんでなんだ、別に頼まれたわけでもないのに……俺たちには、関係ないじゃないか……

『関係ない』だって!?

信じられない、という顔をしたアイリーンが、ケイの腕を振りほどく。

『関係ない』わけがないだろう! オレたちはもう、彼らと関わり合ってるんだぞ!? 『関係ない』なんてことはないんだ、ケイ!

もどかしげに、首を振ったアイリーンは、言葉を続ける。

オレは……オレには、『力』がある。リリーを探して、救い出せるだけの力が! もちろん、危険なのは分かってるさ。死ぬかもしれないし、オレ自身、人を殺めることになるかもしれない。……それでも、

それでも、と自分の考えを反芻した。

オレに、それが出来るなら。オレに、誰かが救えるなら。オレはそれをやるべきだ。出来るだけの力があるのに、見なかったことにして、尻尾を巻いて逃げるのは、それは、―

俯き、声を絞り出すように、

―『ひとでなし』のすることだよ

がつん、と。

頭を殴りつけられたような衝撃が、ケイを襲った。

無知、であるが故に言える、純粋な言葉。

しかしその純度の高い正義感は、今のケイには鋭すぎた。

歯を食いしばって俯くアイリーンには、愕然とするケイの表情が見て取れない。

…………

どすん、という音にアイリーンが顔を上げると、ケイは顔を押さえて、力なくベッドに腰を降ろしていた。

……勝手にしろ

暗く沈んだぶっきらぼうな口調に、自分の放ったことばが、ケイを酷く傷つけたことを悟る。

そして悟ったがゆえに、これ以上は何も言えなかった。ここでケイの機嫌を取るようなことを口にすれば、二人の間の溝がさらに深まると、直感的に察してしまったから。

……ごめん

ただ一言、謝った。

…………

ケイは無言のままだったが、のろのろと腰のポーチに手を伸ばし、中から『それ』を引き抜いてアイリーンに放り投げる。

慌ててアイリーンが受け止めると、それは、ガラスの瓶だった。

中で、とろりと粘性のある、青い液体が揺れている。

―ハイポーション。

……持ってけ

視線を逸らしたまま、ケイは呟くようにして言う。

……ありがとう

短く、答え。

たんっ、と小さな音が響く。

ケイが顔を上げたとき、そこにはもう、少女の姿はなかった―

人々の営みを、その眼下におさめ。

屋根を踏みしめた、黒装束の少女。

ぶわりと。

建物の壁に煽られ、吹き寄せる冷たい風。

黒いマフラーが流れ、たなびき、はためく。

―見やる。

城郭の外、西に広がる草原の大地。

黄昏の太陽が―沈みゆく。

見上げれば、月。

銀色に輝ける夜の女神。

茜色から、群青へと。

空はその貌(かお)を、変えゆく。

再び見つめる地平線。

太陽は―沈んだ。

さあ……オ(・)レ(・)た(・)ち(・)の時間だ

小さく呟いた、少女。

懐より取り出すは、水晶の欠片。

祈るように。願うように。

一瞬、瞑目した少女は、

Mi dedicas al vi tiun katalizilo.

その手より欠片を、落(おと)す。

重力に引かれる、透明な結晶。

とぷん、と。

それは、足元の影に呑まれ。

ざわざわ、ゆらゆらと。

蠢き、揺らめく。

魔性のもの。

Maiden krepusko, Kerstin.

呼吸を整え。

少女は、喚(よ)ぶ。

Vi aperos(顕現せよ).

果たして、逢魔が時。

―黒き影はそれに応えた。

21. 救出

耳元で風が唸る。

夕闇の街。

夜景が後方へ流れ去っていく。

黒装束の少女は、駆ける。

家々の屋根を、たんっ、とんっ、と。

軽い足音だけ置き去りにして。

足元から伸びる黒い影。

魚……鳥……猫……あるいは人の腕。

楽しげに、跳ねるように、泳ぐように。

目まぐるしく姿を変えながら、道を指し示す。

黄昏の乙女『ケルスティン』。

薄明を司る、宵闇と残光の化身。

アイリーンは、精霊の導きに従って、リリーの元へと向かっていた。

ケルスティンは陰を往き、影を操る精霊だ。

陽が沈んだ後の、それでいて完全な暗闇ではない、限られた環境下でしか顕現できない儚い存在。

ケイが契約を結ぶ中位精霊・風の乙女『シーヴ』に比べると、物理的な干渉能力は遥かに劣り、また影を操るという特性上、直接的な攻撃力は無いに等しい。

が、そうであるが故に消費魔力が少なく、また触媒を選り好みもしないため、術の行使にほとんどコストがかからない。扱いに癖があり、使いどころが限定されるので、純魔術師(ピュアメイジ)には向かないとされるが―魔術はあくまで補助的なものとする魔法戦士(ニンジャ)にとって、それはおあつらえ向きの契約精霊といえた。

……ここか

旧市街の一角。

屋根の上で身をかがめ、アイリーンはひと気のない寂れた通りを望む。足元の影は手の形を取り、真っ直ぐに目の前の建物を指差していた。

薄汚れた路地に面した、石造りの二階建て。飾り気も何もない、倉庫のような構造だ。一階と二階の窓からは、それぞれ明かりが漏れている。探るまでもなく、建物全体から人の気配。特に一階からはわいわいと、男たちの騒ぐ賑やかな声も聴こえてきていた。

ひらりと身体を跳ねさせて、通りの向こう側の屋根へと飛び移る。助走もなしに軽々と三メートルを越える跳躍、四つん這いになって音もなく瓦の上に着地した。四足のまま、そろそろと気配を消して慎重に窓に忍び寄る様は、まるで猫科の肉食動物のようだ。

屋根の縁に足を引っ掛けて、蝙蝠のように逆さにぶら下がったアイリーンは、そっと雨戸の隙間から中の様子を覗き見る。

(……意外と片付いてんな)

第一印象。

それは、がらんどうな、生活感のない空間だった。ほとんど家具の類も見当たらず、ただ殺風景にフローリングの床が広がっている。部屋の片隅には小さなテーブルと椅子が置かれ、卓上のランプの明かりで読書をする優男が一人。奥には下への階段があり、賑やかな声と男たちの揺れる影が見て取れる。

…………

ぱら、ぱらと優男が本のページをめくる音だけが響く。雨戸の外の忍者にはまるで気付く様子もなく、どうやら二階に居るのは彼一人のようだ。それからしばらく観察するも優男は読書に熱中したままで、これ以上は特に情報は得られそうにないと判断したアイリーンは、そっと窓から離れた。

腰のポーチから鉤縄を取り出し、屋根の端に引っ掛けて地上へ降下。今度は通りとは反対側の、勝手口の前に降り立つ。

微かに匂うアルコール臭。近づいてみれば一階は相当に騒がしい。中ではかなりのどんちゃん騒ぎが繰り広げられているようだ。それでも気取られないよう、細心の注意を払いながら、アイリーンは慎重に一階の窓を覗き込む。

(! あれは……)

アイリーンの顔に浮かぶ、驚きと困惑の色。部屋には、酒を片手にテーブルを囲み、大盛り上がりの男が七人ほど居た。皆、身なりの汚いごろつきばかりであったが―その中に見知った顔が一人。

(―ボリス! なんでこんなとこに)

ごろつきに肩を組まれ、酒に酔った赤い顔で大笑いしているゴツい体格の男。ボサボサの黒い癖毛にぎょろぎょろとした目つき。

間違いない、数日前に工房の前で見かけたボリスその人であった。

窓から離れたアイリーンは、壁にもたれかかって小さく唸る。

(……あの野郎が一枚噛んでやがるのか)

リリーは賢い子だ。頭の回る彼女が、滅多なことで犯罪に巻き込まれるはずがないと、モンタンたちに話を聞いてからアイリーンは疑問に思っていた。

身内による犯行。

今のボリスを『身内』と考えて良いものかはさて置き―彼が誘拐に関わっていたのだとすれば、リリーが油断してしまってもおかしくはない。

(アイツ、金を借りたり散々世話になってるくせに、恩人の娘を誘拐するとはどういう了見だ……!?)

困惑は、呆れに変わり、やがて怒りの炎と燃え始める。

これは一発ぶん殴らねば気が済まない、と思うアイリーンであったが、怒りに任せて正面から殴り込みをかけるような真似はしなかった。

…Kerstin

小声で、足元の揺らめく影に呼び掛ける。

Kie estas Lily?

アイリーンの問いかけに、影が人の手の形を取り、壁をスクリーン代わりにしてすっと上を指差した。

……二階(unua etago)?

『 Neniu 』

ちゃうちゃう、と手を振った影が、流麗な筆記体となり答える。

じゃあ一階(teretago)?

『 Neniu 』

……屋根裏(tegmento)とか?

『 Neniu 』

ええー

ならどこだよ!! というツッコミをぐっと堪え、冷静に考える。

中二階(interetago)……隠し部屋か?

『 Jes 』

筆記体の後、ビッと親指を立てる黒い手の形を取り、ケルスティンは揺らめいて普通の影に戻った。

(隠し部屋か……)

なかなか凝った真似をしやがる、と独りごちながら、しかしアイリーンは密かに安心する。わざわざ隠し部屋に監禁するということは、つまりリリーはまだ生きているということだ。仮に、リリーの居場所は地面の下、などと示されていれば、アイリーンも流石に冷静ではいられなかったかもしれない。

(さて、どうするかな)

腕を組んで、考え込む。

ここで奇襲を仕掛け、建物を制圧してしまうか。

あるいは戦闘を避けてリリーの救出を試みるか。

(……殴り込みをかけて全員ボッコボコにして、リリーを隠している場所を吐かせてから助け出す……)

自身の鬱憤も晴らせることを考えると、それはなかなかに爽快なアイデアだ。しかし諸々のリスクを考え合わせた結果、最終的にアイリーンは、 スマートにリリーだけを救出できるなら、それに越したことはない という結論に達した。

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