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そのリクエストに応じ、一行は近くの天幕の中へと移る。

さて。アッシも、“森大蜥蜴”には直接お目にかかったわけじゃないんでやすが

キリアンは石ころを拾い、地面に大雑把な地図を描き始めた。

曰く、キリアンはいつもヴァーク村から三十分ほどの距離を探索しているそうだ。目的は薬草の採取と、狩猟。真っ黒で艷やかな毛皮の狐や、緑色の鹿のような動物など、 深部(アビス) から迷い出てきたと思しき、珍しい獲物が目白押しだという。

で、“森大蜥蜴”は、どうやらこのあたり

キリアンは、自分の行動圏の外にザッと線を引く。

村から歩いて四十分あたりのところを、うろついているようでやして。足跡やら、これ見よがしに派手に倒された木やら、“森大蜥蜴”の通ったあとが目立ってやした。だからアッシも不意に出くわさないよう、ここらで引き返すようにしてるんでやすが

……なるほど

探索者の二人が喰われたのは、 深部(アビス) の領域付近だったはずだ。そのときに比べ、少し行動圏が広がっているように見える。

このあたりの地形は?

キリアンが引いた線を示して、ケイは尋ねた。以前、ケイもこの村から 深部(アビス) まで歩いていったので、道中の起伏は薄っすらと覚えている。なので、心当たりがあった。“森大蜥蜴”がさまよっている理由にも。

ここは……少しばかり、『谷』みたいに地形が凹んでるところでやすね

……わかった、ありがとうキリアン。ところでこの話は、皆にもしてるのか?

ケイの問いに、キリアンは首を振った。

正直、あまり。アッシに金まで払って聞こうってヤツぁそういやせん。みんな勝手にやってやすから。酒を奢られて少し話したことはありやすが、これほど詳しくは、まだ……せいぜいエリドアの旦那に話したくらいのもので

エリドアは数少ない『客』なのだとか。

ふむ。キリアンぐらい森に詳しいヤツは、他にいるか?

アッシが見たところ、アッシほど森歩きに慣れてるヤツも少ないかと

普通、確かな技術を持つ森の専門家なら、こんな場所に出稼ぎに来たりしない。森の恐ろしさを知っていれば、 深部 の化け物がいるかもしれないような場所に近づこうとは思わないからだ。

必然的に今、森に入っているのは、楽観的な素人ばかりだった。

ふーむ。エリドア、一つ質問なんだが、森に入ったきり帰ってこない探索者はどれほどいる?

えっ?

突然、水を向けられたエリドアが困惑の声を返す。

いや、……俺は把握できていない。なにせこの数だ。出入りも激しい

エリドアが外を示す。賑やかな探索者たちのテント村を。

こうしてケイたちが話している間にも、何組かの探索者たちが帰還し、それと入れ違うようにして森に入っていく者たちもいる。取引を終えて去っていく行商人もいれば、新しく村にやってくる商人もいる。今日、噂を聞きつけてやってきたごろつきが何人になるのか、把握している者は一人もいない。冒険者ギルドのような監督する組織があるわけでもなく、皆が好き勝手にやっているのだ。

ましてや誰が森に入り、誰が帰ってきたか、など―

なるほどな……

おおよそ、事態が把握できたケイは、顎を撫でながら唸った。

……何か、まずいのか? ケイ

エリドアは不安げに。

まずい、というか……。なあエリドア、俺は『“森大蜥蜴”が出た』って知らせを受けたときは、正直もう間に合わないかもしれない、って思ったんだ

……えっ?

いつ襲われてもおかしくはなかった。こんな魔力が薄い土地で、“森大蜥蜴”が体を維持するには、そこそこ魔力を持つ生物を食べなきゃいけない。その筆頭が人間だ

野生動物に比べると、人間は魔力を豊富に持つ。特に中年以降の個体ともなれば、下手な 深部(アビス) の獣より魔力は高い。

だが、それでもヴァーク村は無事だ。

人の味を覚えた怪物が、いつ匂いをたどって襲いにきてもおかしくなかったというのに。

命知らずの『冒険者』たちに感謝した方がいいな。彼らの犠牲でこの村は保ってるようなもんだ

おそらく―日に何組かが喰われている。

キリアンの言っていた『谷』の周辺が、狩場(キルゾーン)なのだ。

俺の予測では、その『谷』に”森大蜥蜴”は巣を作ったんだろう。あいつらは山や谷の斜面を掘って、ヨダレで壁を固めて巣穴にするんだ。派手に倒された木は、通った跡じゃなく、縄張りの主張。そして”森大蜥蜴”の得意技は―待ち伏せだ。巣穴の近くに身を潜めて、通りがかった獲物を確実に仕留めてるんだろう

この森は、人の手が入っていない原生林だ。草木が鬱蒼と生い茂り、視界も悪い。体長十メートルを超える化け物でも、じっと身じろぎしなければ姿を紛れさせられる茂みや地形の起伏は、いくらでもある。

また、先入観。獰猛な”森大蜥蜴”は、地響きを立てて獲物を追いかけ回す―そんな風に勘違いしている者も多いだろう。実際は気配を殺して身を潜め、ギリギリまで獲物が近づいたところで、初めてその俊敏さを発揮するのだ。

キリアンは、“森大蜥蜴”の『通った跡』を警戒し、近づきすらしなかった。だからおそらく、“森大蜥蜴”の確殺圏に入らずに済んだのだろう。

だが、これが素人だったら? ただのごろつきだったら? この期に及んで、怪物はもっと森の奥地にいると勘違いしている愚か者だったら―?

その末路は、言うまでもない。

今はまだ、巣の近くに『餌』が豊富にあるからいいが

問題は、この話が知れ渡った場合。

もしも探索者たちが森に入らなくなったら―餌が不足する

そうすれば”森大蜥蜴”は、どうするか。

匂いをたどって、まっすぐ来るぞ。この村に

ケイに告げられ、エリドアの顔が引きつった。

―“森大蜥蜴”に仲間たちが喰われた、という探索者が戻ってきたのは、それからしばらくしてのことだった。

93. 準備

前回のあらすじ

森大蜥蜴 この森当たりだわwww めっちゃ餌あるやんwww

―最初は誰も、そいつのことなんて気にも留めなかった。

森からフラフラと一人で彷徨い出てきた探索者。見るからにみすぼらしい格好で、ろくな装備もない。

大方、一攫千金を夢見てやってきた食い詰め者が、ロクな成果も上げられずに帰ってきただけ―

誰もがそう思った。

そいつが、探索者たちのキャンプにたどり着くなり、わんわんと子供のように泣き出すまでは。

お、おい、どうしたんだよ

見かねた他の探索者が声をかける。

近寄ってみれば、酷い匂いだった。その探索者の下半身は汚物まみれだった。よほど恐ろしい目にあったのか、失禁してもそれを気にする余裕もなく、必死で逃げてきたらしい。

……死んじまった。死んじまったんだよぅ

この世の終わりを見てきたような顔で、そいつは言った。

でけえトカゲに、みんな喰われちまった

†††

―で、こうなったと

翌日、すっかり人気のなくなったキャンプを眺めて、ケイは呟いた。

“森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)“が近場に出た、という噂はあっという間に広まった。まず、怖気づいた探索者が去り、そこそこ稼いでいて未練のない者がそれに続き、彼らの商品を買い取っていた商人たちも引き上げた。

残ったのは、それでも『森の恵み』を諦めきれない強欲者か、危機感に乏しい命知らずか、それ以外の理由で残った奇人・変人か。

さて、自分はどれだろう、などとケイは思う。

むしろまだ何人か残ってることに驚きだぜ

サーベルの鞘でトントンと肩を叩きながら、アイリーンが言った。

―へへっ。アッシのような物好きもおりやすからね

天幕の陰から声。傷だらけの禿頭をぺたりと撫でながら、キリアンがひょっこりと顔を出した。

あんた、残ってたのか

意外だった。

キリアンは、慎重に慎重を重ねた結果、“森大蜥蜴”の狩場(キルゾーン)に踏み込むことなく生き延びた、腕利きの探索者だ。リスク管理に優れているからこそ、真っ先に姿を消しているだろう、とケイは思っていたのだが。

歩く災害とも謳われる”森大蜥蜴”―その姿、一度は拝んでみたいと思っておりやして。アッシも、森歩きなぞを生業としている者でやすからねえ

昨日、“森大蜥蜴”の生態を事細かに解説され、自分も危ういところだったと知らされたときは青い顔をしていたのに、剛毅なことだ。

それに……旦那は、“森大蜥蜴(あれ)“を狩るつもりなのでしょう? アッシもお供させていただきたく

……ただの酔狂かもしれんぞ?

そりゃあ、他の連中なら鼻で笑うところですがね。旦那は話が別でさぁ

キリアンはニヤリと笑う。“大熊殺し”ならではの説得力といったところか。

それは光栄だな。実際、人手は欲しいと思ってたんだ

流石にケイも、アイリーンとマンデルだけを仲間に”森大蜥蜴”を狩り切れるとは思っていない。基本的には森から出てくる”森大蜥蜴”を迎撃する形を取るつもりだが、簡単な落とし穴―“森大蜥蜴”が蹴躓く程度の深さでいい―などを準備するために、人手を集めなければならなかった。

村の男たちには、もちろん手伝ってもらう予定だ。しかし、探索者―特にキリアンのような腕も度胸もある人材は、いくらでも欲しい。

声をかけたら、もう少し集まると思うか?

報酬次第かと思いやすね

身も蓋もない答えに、 そりゃそうだ とケイは苦笑する。

キリアンだったら何が欲しい?

アッシはもちろん、金子(きんす)をいただけるならそれに越したことはありやせんが。手持ちが少ないならば、討伐成功の暁に獲物の素材を分け前に―という手もアリだと思いやす

なるほど

確かに、こういった大物狩りでは成功報酬が一般的かもしれない。大物狩りそのものが一般的かどうかはさておき。

ただしケイの場合は、そこそこ懐に余裕がある。

仕留めた”森大蜥蜴”は、コーンウェル商会に売り払う手はずになってるんだ。俺の一存じゃ素材の扱いは決められない

ほほう

だが幸い、金はある。できればキリアンのような、クソ度胸のヤツを雇いたいんだが……心当たりはないか?

わかりやした。何人か、声をかけてみやしょう

頷いたキリアンは、そう言ってまた天幕の陰に姿を消した。

よし、落とし穴でも掘るか

人材探しはキリアンに任せ、ケイは村の外で作業に取り掛かった。

念のため”竜鱗通し”と”氷の矢”を携え、手近にサスケも控えさせているが、ケイは少なくとも明日の朝まで”森大蜥蜴”は動かない、と見ている。

昨日犠牲になった探索者は最低でも四名。“森大蜥蜴”も腹が膨れて、そこそこ満足しているはずだ。ここしばらく、狩場では獲物に不自由していなかったので、今日も巣穴周辺で待ち構えていることだろう。

そして”森大蜥蜴”は昼行性なので、日が暮れて気温が下がってしまえば、明日の昼前までは動けない―

(―と、説明したんだがな……)

自らもシャベルを振るいながら、ケイは辺りを見回して肩を竦めた。

周囲には、村長のエリドアをはじめとした村の男たちの姿もある。みな、農具を手に作業に従事しているが、いつ森から怪物が飛び出してくるか気が気でないようだ。背水の陣を敷く軍隊の兵士でも、もうちょっとマシな顔をしているだろう。

(まあ、気持ちはわかるが)

かく言うケイも、絶対に100%安全だと思っているわけではない。アイリーンにはすぐそばで森を見張ってもらっているし、短弓を手に控えているマンデルにも”氷の矢”を数本渡してある。

当のケイたちが気を緩めていないのだから、村人たちが気楽に構えていられるはずがないのだ。

ケイ、ちょっといいか

と、鋤を担いだエリドアが、眉をハの字にした困り顔で話しかけてくる。

どうした?

そこそこ掘ったところに、デカい石が出てきた。どうしたものか

エリドアに連れて行かれると、確かに、どデカい石―というより岩―が地面に埋まっていた。

……うーむ、これを動かすのは確かに骨だな。ツルハシかデカいハンマーがあれば砕けそうだが

ツルハシはないな。ハンマーも木槌しか……

そうか、なら仕方ない……そのまま動かすか

できれば道具を使って楽をしたかったのだが。

ケイは一抱えもあるような巨石を、 どっせい! と無理やり持ち上げて、豪快に放り捨てた。

よし、これでいいだろう

……相変わらずの怪力だな

ぱんぱん、と手の土埃を払うケイに、エリドアが呆れている。周囲の村人たちも、 何を食ったらあんな筋肉つくんだ にしてもこの石デカすぎだろ デカすぎて税金取られそうだな などと話している。

しかし、エリドアたちも頑張ったんだな……

切り株だらけの景色を見回しながら、ケイは感慨深げに言う。

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